ビューティ・コラムcolumn

第103回 肌の揺らぎはなぜ起こるのでしょう:ミトコンドリアの機能低下が原因です

肌の状態は完璧な状態を中心に、毛穴が開いたり、張りがなくなったり、乾燥したりと右に左に揺れ動いています。これを肌の揺らぎといいます。肌の揺らぎは、外的要因、内的要因により、一日を周期として、あるいは1年を周期として起こります。

上の図は僕が感じている 肌の揺らぎ のイメージです。楽しいことがあり、体調もいいと肌は完璧な絶好調の状態になります。富士山の頂上に存在するような肌です。皮膚科を訪れるニキビや毛穴の悩みの方は、春の訪れ、 2月末から3月ごろになると増加します。これは急激に暖かくなる 季節的変動と、 杉花粉などの外的要因が原因です。また年度末で仕事が忙しい、4月になると職場の環境が変わったなどの外的要因もあります。女性の場合、月周期でホルモンバランスが変わる内的要因もあります。朝起きていたときは毛穴も閉じて、しっとりしていたのが、夕方になると毛穴が開き、顔の赤みが増加し、大きく口をあけると肌がつっぱります。これは、仕事により交感神経が緊張し、肌への血流が低下して、その結果乾燥肌になるのを皮脂の分泌を増加させることで乾燥を防ごうとする防衛反応が起こるために生じます。この状態が慢性的に継続すると毛穴の開き、ニキビに発展します。夏は顔が赤くなる方が増加し、気温が急激に低下する秋には、乾燥肌、ニキビの方が増加します。

肌を揺らす、外敵要因で一番大きいのはストレスです。

ストレスには通年を通じて生じる仕事自体のストレスや対人関係による精神的なストレスがあります。また夏に外で時には紫外線を浴びながら、営業をしなくてはならない、真冬に戸外で仕事をしなくてはならないという物理的ストレスがあります。物理的ストレスだけでなく精神的ストレスも、酸化ストレスとなって、肌だけでなく、脳、体の蛋白、脂質、DNAにダメージを与えることが最近明らかになりました。紫外線を浴びると皮膚に活性酸素が生じ、酸化ストレスとなって皮膚にダメージを与えることは周知の事実です。精神的ストレスでなぜ、毛穴が開き、肌が荒れて、くすんでくるのかについて説明します。精神的ストレスと皮膚を結ぶ経路には大きく分けて全身性のものと局所性の二つがあり、実際にはこの二つが絡み合いながら皮膚に影響を及ぼします。全身的な経路:ストレスは脳に炎症を起こします。脳の炎症は視床下部を刺激して副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンcorticotropin releasing hormone (CRH)というストレスホルモンを放出させます(下図)。

CRHは視床下部-脳下垂体-副腎皮質系を刺激してコルチゾールを分泌させます。コルチゾールはステロイドホルモンとも呼ばれるストレスホルモンです。皮脂分泌増加作用があります。ストレスで皮脂分泌が増加するのは、男性ホルモン、アドレナリンと同時にステロイドホルモンが増加するからです。これらのホルモンはすべて皮脂分泌を増加させます。コルチゾールはストレスによりATP産生が低下したり、活性酸素の産生が増加した機能不全を起こしたミトコンドリアをオートファジーにより除去するマイトファジーを低下させてしまうことも最近判明しました。オートファジーとは古くなった自己組織を吸収して再利用するシステムです。その結果、コルチゾールの分泌が継続すると、ATP産生が低下して、炎症を引き起こす活性酸素の産生が増加するという状態が長く続くことになります。活性酸素はミトコンドリアのDNAを変性させて、ミトコンドリアDNAでコードされる電子伝達系の構造を変化させてしまい、より多くの活性酸素がさらに生じるという悪循環が生じます。変性したミトコンドリアのDNAは細胞質に漏出して、NLRP3インフラマソムというストレスセンサーに結合して、炎症を引き起こすインターロイキン1βというサイトカインの分泌を促進して、炎症を引き起こし、肌の揺らぎだけでなく、炎症老化を引き起こします。ストレスは交感神経を緊張させて、アドレナリンを増加させます。徒競走で、スターターのヒトが“ヨーイ”と言う際に、心臓をドキドキさせるホルモンです。アドレナリンは炎症を起こす細胞に作用して、IL1、TNFα、IL6などの炎症性サイトカインを放出させて全身を炎症状態に持っていきます。その結果、皮膚や全身のATPを作るミトコンドリアの代謝が一時的に増加しますが、その後24時間を過ぎるとATP産生低下、活性酸素産生増加という現象が起こります。ATPを利用して、表皮細胞は増殖し、コラーゲン産生も起こるのですが、ATPの産生が低下することで、皮膚の代謝低下、バリア機能低下、クスミ、皮脂分泌増進などの肌の揺らぎの症状が出現します。外的環境に接する皮膚では独自のホルモンやサイトカイン分泌機構を持っていて、表皮細胞がCRH、αMSH、コルチゾールや炎症性サイトカインを産生して炎症反応を惹起することも判明しています。これらのホルモンの合成や分泌にもミトコンドリアは関与しています。脳の炎症状態が増加すると、やる気が出ない、ニキビや毛穴の開きを見ただけで、気がめいる、ストレスを生じるという悪循環になります。ストレスと肌の揺らぎをつなぐキイポイントはミトコンドリアの機能不全です。肌の揺らぎを止めるにはミトコンドリアを活性化して活性酸素の産生を抑えることです。

最近、肌の調子が少しおかしい、いったい何が起こっているのか?肌という組織単位だけでなく、細胞単位、細胞内単位で突き詰めていくと、細胞の発電機であるミトコンドリアの機能低下ということに行き着きます。ミトコンドリアは赤血球以外のすべての細胞に存在しています。炭水化物、脂質、蛋白質はミトコンドリアで酸化的リン酸化反応によりアデノシン3リン酸という高エネルギー物質(ATP)になります。ATPを利用して表皮細胞や線維芽細胞は増殖し、セラミドやコラーゲンを合成しているのです。ATPは筋肉を動かし、神経伝達物質の合成にも必要で、ヒトが生きていく上で必須のものなのです。ATPが豊富にあると、美しい皮膚と健やかな心身が実現します。局所的な経路:皮膚にはたくさんの交感神経が存在します。精神的ストレスがあり、交感神経が緊張すると、交感神経からサブスタンスPという神経伝達物質が分泌されます。

サブスタンスPは皮脂の分泌を増加させ、免疫細胞である肥満細胞を活性化して炎症を起こします。サブスタンスPは、表皮細胞の毛穴の出口の増殖を促進して毛穴を詰まらせます。皮脂分泌増加に伴いアクネ菌も増加します。アクネ菌の毒素、炎症による活性酸素によるダメージや、交感神経の緊張により肌の代謝が低下して肌の質感は低下し肌は揺らぎます。この段階ですと、食生活の改善や睡眠をたっぷりとる、うまくストレスを発散することで揺らぎは収まります。ストレスや炎症の程度が亢進すると、ニキビ、赤ら顔、毛穴の開きとなり皮膚科で治療を受ける必要が生じてしまうのです。ストレスが増加するとサブスタンスPは感覚神経を刺激して、痛みや痒みなどを生じます。これらの刺激がさらにストレスとなり、交感神経や感覚神経から、さらにサブスタンスPが分泌され肌の揺らぎが大きくなり、なかなか収まらないという悪循環を生じてしまうのです。サブスタンスPの作用による皮脂分泌亢進はアセチルCoAカルボキシラーゼという酵素の活性化によるものでミトコンドリアは直接関与していませんが、サブスタンスPやその他のホルモンの合成分泌や炎症反応にはミトコンドリアが関与しています。 紫外線による皮膚の炎症反応にもミトコンドリアは関与しています。慢性ストレスにより、ミトコンドリアの機能低下、形態の変化が出現することも報告されています。

ストレス反応はライオンや熊と出会ったときに闘争か逃走をするのに備えた生体の準備状態で、高血圧、高血糖、心拍数増加を起こします。アイドリング状態でも大量のATPを消費して、ストレスが継続すると生体は疲れてしまうのです。これが慢性ストレスによる疲労症状につながります。大量のATPは脳や心臓や筋肉に優先配合され、皮膚には伝達されません。その結果肌の揺らぎが生じます。ではなぜストレスが脳をはじめとする全身や局所に炎症反応を起こすのかという疑問が生じます。“ストレスを生体に対する危険信号と捉えて、生体が生き延びるための準備状態を作るため”と僕は推測しています。大昔には肌の具合が悪くなっても生き延びようという生体反応は理にかなったものでした。命の維持に関わるようなストレスに遭遇することが低下した現代社会では、肌の価値観が非常に増しているので、ストレス反応にうまく対応にして肌の揺らぎがない状態を維持することが大切なのです。